翏の鰻


 東京で自分の店を始める前は、老舗の鰻店で13年修業していました。その頃は、1日に1,000匹もの鰻をさばくこともありました。

 そんな13年の日々と、自店での7年3ヶ月、合わせて20年の鰻調理歴を礎として、現在の調理法に辿りつきました。関東風と関西風のどちらでもなく、両方のいいとこどりのような オリジナルの料理法です。おいしさを追求するうちに、ほかでは行われない調理法となりました。

 鰻の調理は、シンプルなようで、いくらでも工夫のしようがあります。現時点での私の調理法についても、今でも少しずつ気付きがあります。完成しているようで まだまだ変わっていくのだろうと思います。

 私の鰻調理の特徴は、ひとことで言うと、「しっかり焼いて しっかり蒸して しっかり焼く」です。


 各工程について、詳しく解説いたします。どの工程でも独自の方法をしていますが、わかりやすいように一般的な方法も合わせて書きました。



◇ さばく前に

 鰻は活鰻を使います。活鰻(かつまん)は、生きている鰻のことです。

 温泉水で泳がせて、休ませてから調理に入ります。

 必ず、生きている状態でさばきます。


◇ 血抜き

 首の部分を包丁でたたいて切れ込みを入れ、冷水に3~20分おいて、血抜きをします。この工程も、通常は行わない行程です。

 さばいた鰻の身に血がついていると、仕上がったときに血の臭さみがするので、鰻の微細な香りが感じられなくなってしまいます。ですので、なるべく血をつけません。血抜きによって、鰻の香りを最大限に楽しめる仕上がりを目指します。

 鰻が生きてないと、血が抜けないので、やはり鰻は生きている状態であることが必須です。(ちなみに、鰻は血抜きをされたぐらいでは、まったく元気に生きています。)

 血抜き時間は10~20分です。20分以上 血抜きをすると、身が痩せるので、20分は超えない方がよいです。


◇ 捌き

 なるべく素早く包丁を動かすよう心がけます。包丁の動きが速ければ速いほど、断面の凹凸(顕微鏡レベル)が少なく済むので、鰻を開いた時に断面がパーッと輝きます。鏡面仕上げのつもりで捌きます。

 捌きのきれいさは、蒲焼になったときの輝きにもつながります。これは見た目のためではなく、焼きのコントロールに必要なことです。

 きれいさは、味にも影響します。素早く割くので、身に血が付きません。遅いと、血抜きをしていても血まみれになります。前項でもふれたように、鰻の微細な香りを楽しむには、捌く技術の高さが重要です。

写真↓)さいた鰻


◇ 骨切り

 包丁を立てて、皮目に切り込みを入れます。

 これは、通常は行わない行程です。独自の手法です。この工程を始めたきっかけは、皮がかなり硬い鰻を調理しているときに、皮目に切れ込みを入れれば食べやすくなるかなぁと考えたことからでした。

 実際にやってみると、想定以上の利点・効果がありました。

 焼いたときに、皮の切れ込みから脂が出られるようになるため、皮の裏のゼラチン質まで焼き切ることができるようになりました。この皮切りの工程により、最終段階では、鰻自身の脂を全体にまとわせるような焼き方が可能になりました。

 皮といっしょに小さな骨も切れるので、口当たりもよくなります。


◇ 串打ち

 私の串打ち法は、通常の方法とは異なります。

 まず「一般的な串打ち」を説明します。

 絶対条件として、串どうしが並行になるように真っ直ぐ打つ。これが一番難しい。生の鰻は柔らかそうに見えて、実際はかなり硬いです。素人の方が打つと、串が1cmぐらいしか刺さらず、皆さんびっくりされます。

 その硬い身に、真っ直ぐきれいに串打ちをするのは、教えてできるものでもなく、数多くやればできるものでもなく、これはセンスが必要です。

 次の絶対条件は、ちゃんとしたレイヤーに打ち込むことです。レイヤーを間違えると、焼いている時や蒸し器から取り出す時に壊れてしまいます。職人さんによって、皮目の近くに打つ人も、身側に打つ人もいます。皮目の方に打つことを「深く打つ」といい、身側の方に打つことを「浅く打つ」といいます。ちなみに私の串は、ちょい「浅め」です。打つときは、必要なレイヤーをすくいながら波をうつように打ちます。さばいた鰻の断面は、単純にいうと半円が2こ連なる形をしているので、これを串打ちで平らにするイメージです。

 身が平らになるように打つことは、焼きの工程で、火にあたるところを均一にするために必要です。

 ここまでが、私の考える「一般的な串打ち」の理論です。(一般的といっても、これを完璧にできるというだけでも、かなり高度な技術を要します。)

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 私の場合、まずこの基本的なところまで串打ちしてから、特殊な工程を行います。

 平らになるように串打ちしたあと、身をギュッと縮めます。縮められる限り縮めます。そして串先(身から串先端のこと)を長く出します。

 通常身を縮めるという作業をしない理由(要は、身を縮めるデメリット)は、いろいろあります。

・身を縮めると、盛り付け時に鰻が小さく見えてしまうので、どちらかというと大きく仕上がるようにしたいというのが通常の考え方だろうと思います。

・身を縮めると、平らではなくなるので、均一に焼くのに、より高度な技術が必要となります。

・串先を長く出すと、串先が焦げてしまい、串の再利用がしにくくなります。

 では、なぜ通常は行わない、しかもデメリットの多そうなことを、わざわざ時間をかけてまでするのか。

 身を縮めることの利点。

・捌いたときに、身は膨れ上がりますが、皮は伸びません。なので相対的には皮が縮んだように見えます。そこで、ギュッと身を縮めてあげると、身が、生きていた状態の大きさに体積に近くなります。それにより、焼きあがったときに、皮が身から離れずに仕上げられます。

・身を縮めると、身が厚くなるので、しっかり焼いても水分が抜けにくく、旨味が逃げにくくなります。(ただ、身が厚くなった分だけ、中までしっかり火入れするのに、時間がかかります。)

・串先を長く出すと、焼台に渡してある鉄筋(鰻の串をのせる鉄の棒)に身が接しにくく、それにより上下に動かすことが可能になるので、焼きをより細かくコントロールできるようになります。

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 鰻が2枚ずつうつる2枚1組の写真のうち、面積が大きく見えるほうが一般的な打ち方です。細く見えるのが私の打ち方です。

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 ちょっと脱線しますが。

 串打ちは、字を書くことと一緒で、性格が出ます。豪快な人は串も豪快で、チマチマした人はチマチマした串になります。実際、たくさんの人と働いていたときは、串打ちされた状態の鰻を見て、誰が打ったかを簡単に判別できたものです。誰の筆跡かがわかるのと同様に。

写真)上の鰻が私の打ち方・下の鰻が一般的な打ち方

写真)下の鰻も 私の打ち方にした状態


◇ 白入れ(しらいれ)

 ここで一旦、鰻の関西/関東での調理法の違いについて。

 細かくはいろいろ違いがありますが、一番大きい違いは、火入れの方法です。

 関東では、まず生の鰻に白入れして、その次に蒸して、最後にタレをつけて焼きます。関西では蒸すという工程は無しで焼き続けます(関西の調理法を「地焼き」とも言います)。

 僕が13年修行したお店は東京の老舗で、関東風の調理法の店ですので、「①焼く→ ②蒸す→ ③焼く」という調理法でした。

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 ここから説明する「白入れ」とは、「①焼く→ ②蒸す→ ③焼く」のうち「①焼く」のことです。

 この白入れの工程が、鰻の味の決めると私は思っています。すごく重要で、一番神経を使う工程です。

 一般的な白入れでは、軽くしか焼きません。ぬめりを取り除く程度に7~10分ほど焼く、というのが一般的なやり方です。

 私の白入れでは、しっかり焼きます。時間でいうと数倍です。

 焦げないように何度もひっくり返しますし、炭の上でも火力のやや弱いところで少し休ませたりもしながら、焼きます。

 焼くといっても、火が通ればよいわけではなく、うま味・香りを最大限に引き出すところまで、焼き切ります。

 焼くときに、皮の焼き加減と、身の焼き加減を、同時にコントロールします。

 まず皮の焼き加減。皮と身の間にゼラチン質があり、そこにうま味と臭みが同居しています。中途半端に焼くと臭みが増しますが、焼き切ることによって、臭みはなくなります。臭みが無くなると同時にうま味と香りが出てきます。皮の白入れ終了の目安は、ゼラチン質を焼き切ることですが、これは脂の出方で判断します。

 身の焼き加減。他の魚と比べると、鰻は身が硬くて弾力のある魚です。この身(=筋細胞)をしっかり焼くことで、筋繊維の細胞膜が壊れ、そこからうま味と香りがにじみ出てきます。壊れたか壊れてないかの判断は鰻の脂の出方(脂のにじみ出る量とタイミングのバランス)でわかります。ここまで焼くのが、身の火入れの目安です。

 こんな焼き方をしているので、通常の白入れよりかなり時間がかかります。

 焼きという調理は、このようにいろいろな効果をもたらします。

 ここを追求することで、職人としての個性が出るのだと思います。

写真↓)白入れが終わった鰻


◇ 蒸す

 「蒸すことによって、脂を落とす」とよく耳にするのですが、蒸しで脂は落ちません。では何をすれば脂が落ちるかといくと、焼くしかありません。(豚バラ肉を蒸したところで脂身(白い部分)は無くなりませんが、フライパンで焼くと脂身がなくなるのと同じです。)

 では、なぜ蒸すか?

 一般的には、その「脂を落とすため」と、柔らかさの調整のために、蒸しています。

 私が考えるには、蒸すことは、(柔らかさ調整の一部とも言えますが、)食感、テクスチャーを変えるためです。私の場合、一つ前の工程「白入れ」でしっかり焼き切っているので、皮目が厚く硬くなります。この皮を蒸すことにより、皮はねっとり柔らかくなります。そのねっとり感が身の方にも移り、全体の味わいが変わります。

 蒸すことによるデメリットもあり、それは、味がほんの少し抜けてしまうことです。養殖鰻は味が濃いので、蒸すとむしろ私好みのきれいな味に仕上がります。かといって、蒸し時間が長すぎると、鰻そのものの味が抜けてしまうので、蒸し時間の調整は重要です。

 私なりに研究した結果、養殖鰻の場合は、20分から30分の間で個体に合わせて蒸し時間を調整しています。天然鰻は10分前後の蒸し時間にすることが多いです。

 同じように蒸しても、その前の白入れでの焼きが甘いと、中途半端に味が抜け臭みだけ残ります。どの工程も重要で、意味があるのです。

 ちなみに、店内でのお召し上がり用・お持ち帰り用・通販の真空パック用では、焼き方も変えていますが、この蒸し時間も変えています。具体的には秘密です。


◇ 蒲焼にする

 「①焼く→②蒸す→③焼く」の、「③焼く」について。蒸しあがった鰻をタレにつけて焼く行程です。

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 まず、一般的な方法を説明します。

・蒸しあがった鰻をタレ壺の中につけて(=一度目のタレづけ)、焼きます。

・一度目のタレづけから、二度目のタレづけまでの目安は、

 薄い色に仕上げる店では、薄茶色になる程度まで焼き、濃い色に仕上げる店では、濃い茶色になるまで焼きます。ここでの色が、仕上がりの色とほとんど同じなので、目指す色(つまりは、味)になった時点で、二度目のタレづけをします。

・二度目のタレづけから、三度目のタレづけまでの目安は、

 タレの水分が飛ぶまで です。

・三度目のタレづけから焼き終了の目安は、

 みたらし団子のようなテリが出るまでです。これで完成。

 「一度目のタレで色付け、二度目で味付け、三度目でテリ」と昔からよく言われています。

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 ここから、私の焼き方を説明します。

 タレを三度づけする点は、一般と同じです。

 詳細は秘密なので書けませんが、各段階での焼き具合の目安もあり、どの段階で皮を焼く・どの段階で身を焼く、と細かく考えながら焼いています。ここを調整すると、その場で食べる場合・あとで食べる場合・真空パックする場合 のおいしさをコントロールできます。

 この工程でも、一般よりかなり長くしっかり焼くのが特徴です。

 私の焼き方で特に特殊なのは、一般的には均一に焼くことを目指しているのに対して、私の場合は少しムラを出すことを意識している点です。ここで重要なのは、ムラをわざと出すには、均一に焼く技術が必要です。この技術なしでは、このムラも単なる汚い蒲焼(見た目も味も)になってしまいます。

 面積で90~95%は均一にきれいに焼き、残りのほんの一部は、きれいな焼き色~炭化ギリギリまで、いろんな段階になるように焼きます。そうすると、味が何層にもなって、複雑になり、エレガントになります。

 昔、吉祥寺にあったコーヒー屋『もか』の店主がおっしゃっていたのが、一番いい豆だけで焙煎したコーヒーは美味しいけどなにかつまらない味になる、と。そこにほんの少しだけクズ豆を入れて焙煎すると、コーヒーがエレガントになるとおっしゃっていました。

 鰻の蒲焼にも通ずるとこがあるなと思いました。鰻の蒲焼も、きれいに均一に焼くだけでは美味しいけれどなにかつまらない。どうやって炭化させずにムラを出すか。ムラすぎてもダメで、この絶妙なバランスを出すには炭以外の熱源では実現できません。毎日このエレガントさを、目指して焼いております。


◇ タレ

 タレは、醤油・味醂・砂糖だけでシンプルに作っています。

 お醤油は 愛媛 田中屋の天然醸造醤油 と 愛知 はと屋のたまり醤油、味醂は 岐阜 福来純本みりん、お砂糖は 喜界島の粗糖を使用しています。

 甘すぎず、かといって喉が渇くようなしょっぱさもなく、鰻に適したバランスに仕上げております。


◇ 炭

 熱源は炭を使います。炭は熱の強弱・熱の移動をどちらも細かくできるので、熱源としては最適です。炭自体は無臭ですが、熾した炭に鰻の脂、タレが落ちたときに上がる香りが鰻にまとわりつくので、これも味わいの一つになります。